森井薬局の歴史

 森井薬局は昭和10年ごろ、名古屋市昭和区堀江町にて森井正俊によって開局された。その後、戦争中に諸般の事情で中断し、正俊は国際衛生材料に勤務していたが、昭和20年に現在の名古屋市中区松原二丁目(当時下日置町と呼称)に転居したのをきっかけに21年に再開する。 
 昭和25年、正俊は甥である古田壯一と養子縁組。壯一は翌26年、正俊の妻きぬ子の姪である後藤豊子と結婚。昭和31年に眞紀子、32年にみどり、35年に眞美と3人の子供をもうけ、計7人の家族となる。
 昭和51年、正俊78歳にて死去。この薬局の経営は森井豊子に引き継がれる。壯一は昭和31年より名古屋市に薬剤師として勤務し、正俊の死去の時は天白診療所配置であった。そのため、棚橋紀子が森井薬局の管理薬剤師となり、これは壯一の退職(昭和59年)まで続いた。59年以降は、壯一が管理薬剤師をつとめた。
 昭和57年、次女みどりが川崎泰樹と結婚、名古屋市千種区池下に住む。昭和63年、長女眞紀子が平田真夫と結婚、神奈川県座間市に転出。また平成6年三女眞美、山中克浩と結婚、名古屋市天白区に在住する。
 それ以降、壯一、豊子、きぬ子の三人が森井薬局を支えてきたわけであるが、平成10年5月にきぬ子が95歳で死去し、また壯一も70歳になったこともあって、平成10年9月をもって閉局となった。


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