マイ・レディ・グリーン・スリーヴス




 「おめざめですか」
 天井から声がする。初老の男の声だ。彼はベッドに入ったまま、顔を窓のほうにむける。ガラスがぬれているのが目に入る。
 「ああ、今、起きたところだ。雨か」
 「はい、そうです。今朝の五時ごろから降りはじめました。予定では三時まで続くそうです。それでよろしいでしょうか」
 「うん。あ、いや。もしももっと続けるとしたら、どのくらいまでできる?」
 「はい、気象制御センターに問い合わせてみましょう」
 「頼むよ」
 彼はガラスの外がわを流れる水滴をじっとみつめた。自分が長い間行っていた所では、見られないものだ。そのままの姿勢で、片手で毛布を引きよせて肩にかける。部屋は完全に空調されていて、別に寒いというわけではないのだが。
 「わかりました。御主人さま。四時ごろまでならできるそうです」
 「そうか、ならばそのようにしてくれ」
 「かしこまりました。センターにはそう伝えておきます。ただ――」
 「うん、何だ?」
 「もしも、三時に雨がやめば、虹が見られるといっているのですが」
 「虹、か」
 もう、ずいぶん長い間見ていない。これも「あそこ」では見られないものだ。
 「今日をのがすとどうなる?」
 「いつになるか不明です。この一週間以内にできなければ、おそらく二ヶ月以上先になるでしょう」
 気象センターも万能ではなく、好きなときに好きな天気を、というわけにはいかないのだ。
 しかし、二ヶ月もか。そんなに生きられるのだろうか。こればかりはこの時代の医学でもわからない。だが――。
 「いや、かまわん。やっぱり今日は雨の音を聞いていたい。四時まで続けるようにいってくれ。気が変わったら、また知らせるから」
 「はい、わかりました」
 「ベッドを起こしてくれ」
 彼の命令に寝台がゆっくりとおきあがり、窓が目の高さの所に来た。水の匂いがする。部屋の空気はすべて人工的に調整されているはずだから、気のせいかも知れないが。それとも、外の空気を入れてるのだろうか。
 「おい、エア・コンはどことつながってるんだ」
 「外と直通させていますけど、いけませんでしたか」
 「なんだ、やっぱりそうなのか。いや、それでいいんだ。ありがとう」
 まったく良くできているものだ。電子頭脳の召使い。彼の思考パターンを完全に記憶しており、その場その場に実に的確な処置をしていく。昔の人間の仕事では、こううまくはいかないだろう。
 「コーヒーをくれ」
 「かしこまりました。お食事は?」
 「いい、あとにする」
 「では、どうぞ」
 壁の一角がパタンと開き、マジック・ハンドが現われた。湯気のたつカップを持っている。彼は飲み物をすすりながら、再び窓の外をみつめた。水滴のうしろには、彼の良く知っているビルが雨にかすんで立ちならんでいる。昔からずっと変らない街――東京。
 東京は美しかった。いや、この時代、都市はどこでも美しいのだ。それらはすべて、思い出を材料にして作られているから。
 ――良い時代だったのかも知れない。
 そう、少なくとも彼自身は何不自由なくすごしてきた。望んだことはたいていかなえられたし。現に今だって、こうして彼のために雨を降らせている者さえいる。彼にはそのぐらいの権利はあったのだ。
 ――思い出の時代か。
 今、世界はまったく平和だった。この惑星の歴史の中では、これ以上のおだやかな時代を見つけることはできないぐらいに。災害、飢餓、戦争――地球はようやくそれらと縁を切れたのだ。おそらくはこれからもずっとそうなのだろう。それこそ、例えば宇宙人などというものと、出会わないかぎりは。
 ――宇宙人か。
 そんな議論が真剣になされたこともあった。ずっと昔の話だ。確かに説得力のある意見だった。宇宙全体における恒星系の数。その中に地球型の惑星が生まれる可能性。生命の発生の確率。これらを総合すれば、炭素酸素型の生命に話を限っても、少なくとも十の四乗かそれ以上の数の星の上に、その発生が見られるはずであった。その中には、文明と呼べるものを作った種族だっているにちがいない。
 実は問題は全然別の所にあったのだ。仮に今の議論が正しいとして、一万から十万の惑星に人間がいるとしよう。では、宇宙全体における星の数は? それらはどのぐらい離れているというのか。
 然り。異星人はいるだろう。だが、そもそも地球人と彼らがめぐりあうには、宇宙はあまりに広すぎる。ここが問題だったのだ。
 彼には、人類が異星人と出会えないことはとっくにわかっていた。少なくとも、彼の属しているこの人類には無理だ。
 ――結局、人間にはたいしたこともできそうにないな。それとも、まだ何かの可能性ぐらい残ってるのか。
 そうあって欲しいものだ。できることがあれば、喜んで参加する。
 「御主人さま。奥さまがお呼びです」
 天井の声が彼の瞑想を破った。
 「つないでくれ」と答えると、声が若い女のそれにかわる。
 「あなた、お起きになりまして?」
 「ああ、たったいま起きたところだよ。マイ・レディ・グリーン・スリーヴス」
 マイ・レディ・グリーン・スリーヴス。妻が大好きだった曲だ。
 「お食事、どうなさいますか。したくしますけど」
 「自動調理か」
 「まさか。わたしがやりますのよ」
 「なら頼むよ。きょうは良いのか」
 「ええ、もうすっかり。制御回路一つ、そっくり取り代えたけど」
 「そうか、それは良かった」
 「じゃ、用意できたら呼びますね」
 「うん……あ、いや、頼んどいた物は?」
 「あ、ごめんなさい。昨日買っといたのに、いうのを忘れてましたわ。あとで一緒にとどけますね」
 「ああ、そうしてくれ」
 会話をおわり、彼はふっと微笑する。
 ――いうのを忘れた、か。
 何かを忘れるほどに、あの女は完全にできている。彼の妻、思い出の化身。子供のころから見ていたコンピューターと、この時代の電子頭脳とは根本的にちがうものなのだ。電子頭脳は忘れもすれば怒りもする。思い出を保存するためには、それだけ人間に近くなければならない。
 ――だが。
 生まれたころから少しも変わってない東京を見ながら、彼は思った。
 思い出はそれだけで存在できるのだろうか。それを覚えていて、ときに思い出してくれる者がいなくなってしまっても。
 「おい、窓を開けてくれ」
 天井の電子頭脳はすぐに命令を実行しようとはしなかった。このままでは、雨が吹き込んでしまう。
 「どうした。はやくしないか」
 「しかし、御主人さま」
 「わたしなら、少しぐらいぬれたってかまわんよ」
 「そうは行きません。私の最優先コードが、今の命令を拒否しています」
 「そうか。そうだったな」
 いかなる理由があろうとも、主人の生命、および健康を損なってはならない。
 「しかたない。窓を拭いてくれ」
 「わかりました」
 電子頭脳はすぐに仕事にかかる。窓の外にはイオノ・クラフトを持った端末ユニットが現われ、ガラスを拭きはじめた。
 「なあ、おい」
 「なんですか」
 「どうも、ときたま不便に感じるな。おまえの基礎優先コードというやつ」
 「すみません」
 「いいんだよ。わしのためを思ってのプログラムなんだから」
 最初はずいぶん戸惑ったし、腹を立てたこともある。しかし、この電子頭脳の中には愛情だけがつまっていることを知って、彼もそれにしたがおうと思った。これは人間の作ったものではない。妖精の作った機械なのだ。
 ノックの音がした。
 「あなた、お食事の用意ができました」
 「おい、開けてやってくれ」
 彼の命令にドアがすっと開く。妻が朝食の盆を持って入って来た。片すみに小さな袋がのっている。
 彼は妻がワゴンを引き寄せてスープやパンを並べるのに、じっと見入った。彼女はいつでも美しい。彼の中の思い出の、美しい部分だけが生きている。彼女もまた、妖精の作品だから。
 「さ、冷めないうちにどうぞ」
 妻が声をかけた。彼は少し考えてから、盆の上の袋に手をのばした。
 「まあ待て。一曲弾いてからだ」
 袋の中には、金属の糸のような物が入っていた。E線――歌弦、あるいはシャントレルともいう、ヴァイオリンの最高音弦だった。先日この部屋で録音をしている時に切ってしまったものだ。この時代、世界中でこの楽器を使えるのは彼一人、それにもかかわらず、彼のために東京にはちゃんとした楽器会社もあった。おそらくそれ以外のすてべの部分も、彼の知っているとおり、正確に再現されているにちがいない。彼にはこの窓と、テレビを通じての事以上はわからないが。
 彼は妻に棚からおろさせてケースを開いて、楽器に弦を張りはじめた。
 「Aの音」
 彼の命令に、妻の人工声帯が正確に四四〇ヘルツの正弦波を発振する。もともと彼女は音楽家の付人ロボットだったのだ。
 「よし、もういい」
 彼は、今張ったばかりの線に、そっと弓を当てた。
 「何を弾く?」
 「マイ・レディ・グリーン・スリーヴス」
 「よろしい。そういうと思ったよ」
 彼はゆっくりと弾きはじめた。もう何百回となく弾いている曲だ。天井の電子頭脳がそっとその音をひろって、外へと導き出す。そうすると、音はそのあたりにいる者――道を行く妖精たちの耳にとどいて、歩みをとめさせるのだった。
 「マイ・レディ・グリーン・スリーヴスだ」
 「本当だ。マイ・レディ・グリーン・スリーヴスだ」
 「あの人はまだ大丈夫なんだな」
 彼の部屋の下には、何人もの妖精が集まってきて、その窓を見上げた。妖精たちはみなそれぞれの役目に合ったかっこうをしている。警官、学生、パン屋、だれもが彼の思い出を保存するためにその役わりを果たし、この東京の街に参加している。それが今は彼の部屋の下に集まって、雨にぬれるのもかまわずに、彼の音楽に聴き入っているのだ。
 そのとき、誰かが小さな声で歌い始めた。

   グリーン・スリーヴスはわが命
   グリーン・スリーヴスはわが喜び

 すぐにまわりの者がそれに和し、あたりに静かな合唱が流れはじめる。

   グリーン・スリーヴスはわが命
   グリーン・スリーヴスはわが喜び

 雨の中に響く歌声。それはたぶん、見る者すべてに懐かしさを与える光景にちがいない。この街に住んでいる妖精たち。彼らもまた、すぐれた電子頭脳と人間そっくりの姿を持つロボットなのだ。

 事の起こりはこうであった。
 ある日、正確には二三四二年の初め、一人の天文学者が太陽の輝線スペクトルのずれに気づく。核融合の条件が変化したのだ。すなわち、二三〇〇年代の終りまでには、太陽の表面温度が急上昇し、もとに戻るころ、地上には一部の植物と魚類ぐらいしか生き残っていないであろう。
 混乱の中、それでもいくらかの対策が立てられた。しかしながら結局は一部の人間しか救う事はできず、その彼らもまた、餓えと渇きで死んでいった。そして、地上には天文学者の予言どおり、植物と水中の生物と、数百体のロボットだけが残されたのである。
 ロボットたちがまずはじめたのは、当然生き残った人々をさがすことだった。同時に、もし何人かでも見つけ出せたときのために、住む所も作らねばならない。そのための機械も。だとすると、もっと仲間が必要だ。
 電子頭脳の衝動のままに、彼らは行動を開始した。さいわいにも材料だけは豊富にある。ロボットはそれで仲間を作り、機械を作り、街を作った。数年後、地球上には再び文明の歯車が回りはじめたが、しかし人間を見つけることはできなかった。それでも作業は続いていた。
 そんなとき、太平洋の小さな島国、かつて日本と呼ばれた所に行った者が、耐熱壁でかこまれだ資料保存室に、一つの記録を見つける。二〇三〇年、恒星間宇宙船「E線号」がケンタウルス座の星に向かって出発。乗員は一人。冷凍睡眠によって保存。その帰還はおよそ五百年後であろう。
 すぐにロボットたちは日本に集まって来た。あと百年ないし二百年後には、ロケットが帰ってくる。それまでに日本に都市を作っておこう。その人間が出発した、二〇三〇年の東京を。
 残り少ない記録が調べられ、誰かが見つけた倉庫では、何体かの日本製のロボットが再生される。いちど無に帰した都市を再生するのは大変な作業だ。年がたつにつれ、初めは単に電子頭脳に記憶されたプログラムで動いていた彼らに、はじめての感情が生まれた。それは、まだ見ぬ主人に対する一途な愛情だった。
 そして、ある日ついに外宇宙レーダーが小さな金属の物体を捕捉する。ロボットたちは大急ぎで迎えの宇宙船をさしむけた。長く長く待っていたのだ。地球上の最後の人間、自分たちの最後の主人を。それが彼だった。
 彼は初めて目を覚ました時、これは錯覚かと思った。二百五十年前にアルファ・ケンタウリを出発した時、彼の想像の中の地球はもっとずっと進んだ文明を持っており、彼の調査結果を待ちわびているはずだった。彼のロケットより速い船はないはずだし、もしも何か新しく発明されたら、すぐにあとから追いかけてくることになっていたのだ。にもかかわらず、誰も追っては来なかった。ということは、彼はただ一人、太陽系外に行って帰って来た者のはずである。ならば、なぜ誰もが調査結果よりも、彼自身に興味を示すのか。どうして、彼をみんなが「主人」というのか。
 考えがまとまらぬまま、ふと窓の外を見た彼は、こんどこそ本当に幻を見たとおもう。これは、出発した時とまったく変らない、二〇三〇年の東京ではないか。
 そのとき、部屋のドアが開いて、女が一人入ってきた。栗色の髪、うすいそばかす、地球を発つ五年前に死んだ彼の妻だ。ヴァイオリンのケースを持っている。彼はようやくこの世界が彼の思い出を写していることに気づきはじめる。
 「マイ・レディ・グリーン・スリーヴスを弾いて下さい」とその女がいった。
 「わたしはあなたの直接のお世話をするように改造されました。あなたの中にあった、奥さまの記憶をもとにして」
 「何が……あったのかは話してくれないのかね」
 彼の質問に、女はちょっと悲しそうな顔をする。それをみて、彼は無理にきかなくても良いのではないかと思う。
 「いや、あとでもいいよ。そのうちに少しずつわかるだろう。それは宇宙船の中にあったのか」
 女はこっくりとうなずいた。彼は楽器を受け取ってひざの上におく。硬いケースの地肌が妙に愛しかった。
 こうして、彼のロボットたちとの生活がはじまり、年月の経過につれて、彼一人だけがしだいに年老いていったのである。

   グリーン・スリーヴスはわが命
   グリーン・スリーヴスはわが喜び

 今、雨の中でロボットたちが歌っている。彼はそれを聴きながら、前から気になっていたことを考える。自分が死んだあとのことだ。彼がいなくなってしまったら、みんなはいったいどうするのだろう。この、やさしく純真な機械たちは。
 「なあ、おまえ」
 彼は演奏を中断して妻にたずねた。
 「はい、なんでしょうか」
 「おまえたちは、何のために生きてるんだ」
 「人間に仕えるためです」
 「いや、わしのいいたのはそういう意味じゃないんだ」
 このままでは、地球は何もしないままにおわってしまう。自分にとってもロボットにとっても、本当にそれで良いのだろうか。
 「おい」
 彼は天井に向かって叫んだ。
 「はい、なんでしょうか」
 「中央の資料センターにつないでくれ」
 「かしこまりました」
 彼はトーストをかじりながら返事を待つ。
 「こちら資料センターです。なんのご用でしょうか」
 彼は手を休めてたずねた。
 「E線号について教えてほしい」
 「はい、どんなことを?」
 「現在、E線号はどうなっているか」
 「解体され、すでに存在しません」
 「ならば、もう一台同じ物を作ることはできるか」
 「……」
 「どうした」
 「その前に、一つ申し上げねばなりません」
 「なんだ」
 「仮にそれが可能であっても、われわれは実行しないでしょう」
 「なぜ」
 「あなたを失う可能性があるからです」
 なるほど、もっともな心配だ。
 「かまわん。できるかできないかだけ、答えてくれ」
 「可能です」
 「わかった、ありがとう」
 彼は、妻が心配そうな顔で見つめているのに気づいた。
 「あの、あなた」
 「ん、なんだ」
 「何を考えてらっしゃいますの」
 「はは、心配しなくてもいいさ。わしだってもうそれほど元気ではないよ」
 「良かった」
 「それよりも、これからいうことをみんなに伝えてくれないか。そう、なるべく多くのロボットに」
 「はい、わかりました」
 彼は自分の考えていたことをじっくりと妻に説明した。妻はそのことばの一つ一つにうなずいていたが、やがて立ち上がって部屋を出て行った。彼女を見送りながら、再びヴァイオリンをとりあげて彼は思う。
 ――これでいい。大きな命令としては、これが最後のものになる。その結果を見られないのは、ちょっと残念だが。たぶんこれで、妖精たちも大人になれるにちがいない。
 彼は、弓をそっと弦に当てる。流れる曲はマイ・レディ・グリーン・スリーヴス。外にはまだ、雨が降り続いている。

 子供が一人、父親に手を引かれて、その宇宙船を見上げていた。銀色の船体も長い間の風雨にさらされて、すっかり輝きを失っている。
 「これ、何なの? おとうさん」
 子供の質問に、父親は優しく答える。
 「ロボットの乗って来た宇宙船さ」
 「ロボットって、あのロボット? ロボットは、人間が作るんでしょう」
 「そうだよ。だけど、最初のロボットはこいつに乗って空からやってきたんだ」
 「ふうん」
 純真な子供の心は、わからないながらもいわれたことをすなおに取り入れる。
 「じゃあ、ロボットは他の星で生まれたんだね」
 「そうだな。そして、いろいろなことを教えてくれるために、ここに来たんだ」
 ずっと昔、その父親の父親もまだ生まれていないころ、そのロケットは突如としてやってきた。中から出てきた男は原住民の簡単な言語をすぐに覚えてしまい、やがてもっと複雑なことばを教え始めた。日本語というそれは、彼がこれから伝えることを理解するのに、ぜひとも必要なのだという。同時に男は、もっとさまざまの技術を教え出した。数学、物理学、化学、そしてロボット工学と音楽。
 なぜか、彼は年を取らなかった。一時的に調子が悪くなっても、すぐにもとにもどってしまうのだ。長い長い間、彼は原住民に文明を教えつづけた。原住民はいつか自力で都市を作り出し、やがて原子力の灯がともった。
 「それが最初のロボットだったんだな。自分の部品を取り代えながら生きていたんだ。それで、年を取らなかったのさ」
 「今、そのロボットはどうしてるの」
 「良くわからん。教えることがなくなってしまうと、こういったそうだ。『これで私の役目はおわりです。主人の命令は、すっかり果たしました』」
 「どういう意味?」
 「そのロボットの星の人間の事だろう。他にも同じようなロケットが、たくさんあるともいってたらしい」
 「ふうん」
 子供は首をかしげながら、銀色の船体を見上げた。
 なんで、ろぼっとにそんなことをさせたんだろうな。自分で来ればいいのに。
 彼は知らない。今、この瞬間にも無数の宇宙船が飛びつづけ、あちらこちらの星をおとずれていることを。主人の最後の命令にしたがって、ロボットたちは旅を続ける。
 父親に手を引かれた子供の耳に、いつもの歌声がきこえる。仕事をしながら、ロボットが歌っているのだ。どうしてだかわからないが、ロボットはみんな、生まれたときからその歌を知っている。

   グリーン・スリーヴスはわが命
   グリーン・スリーヴスはわが喜び

 彼方の星々に、きょうも歌が聞こえる。


    あとがき

     小説にも運・不運があります。この作品は、自分では決してもっともよい出来だとは思ってませんが、それこそ運が良かったのでしょう。一九八四年のエゾコンSFコンテストに入賞し、SFマガジンの同年十一月号に掲載していただくことが出来ました。当時の編集長である、今岡清さんには深く感謝します。
     しかし、これがも前のことだとは、さすがに情けなくなります。その後の私がどうにか商業誌に発表出来たものと言えば、六つの短編アドヴェンチャー・ゲームと、唯一の単行本である「展覧会の絵」(創元推理文庫)だけなのですから。同じSFコンプレックス出身でも、ちゃんとした職業作家としてデビューし、コンスタントに作品を出している横山信義氏とはえらい違いです。まあ、さぼっている結果ですから、何もいえません。せめて、ハヤカワSFコンテストが復活してくれるのを祈るばかりです(でも、これも万年二次選考落ちだもんなあ)。




図書室に戻る
音楽室に戻る