金の斧と銀の斧
昔ある森の中に、二人の樵が住んでいた。一人は正直でやさしい樵、一人は嘘つきで意地悪な樵である。ところでこの二人も知らなかったことなのだが、森の中にはもう一人の樵が住んでいた。
彼はごく普通の樵であった。そこそこ仕事はするし、そこそこだらしない所もある。自分でも余りいいとは思っていないが、たまには嘘をつくこともあるし、もちろん特に悪いことをするわけでもない。多分、世が世なら普通に学校を出て普通の会社に入り、適当な所で結婚して、子供も二、三人という、まあ、大過ない人生を送ったことだろう。ただ、彼が生まれた時代には会社などというものはなく、また、彼の回りには森しかなかったので、それで何となく樵になってしまったというわけだ。彼の父親が樵であったことも、もちろん大いに関係しているのだが――。
さて、そんな彼であったから、町に出れば幾人かの知り合いもいたのだが、どういうわけか他の二人の樵とは一面識もなかった。二人が住んでいる場所がちょうど森の反対側であるというのもあるし、そもそも彼自身、仕事のため以外には余り森を歩かなかったからだ。そんな暇があったら、町に飲みにでも行った方がずっといい。だから、正直な樵が森の中で金の斧と銀の斧を手に入れて、その真似をした意地悪樵が自分の斧を失ったという話を聞いたのも、もっとずっと後になってから、町の酒場でバーテンと話し込んでいる時であった。
「ふうん、泉の精がくれたんだって?」
「そうらしいですよ」
バーテンがシェイカーを振りながらいった。
「斧を落として、金の斧と銀の斧は自分のじゃないと正直に言ったら、くれたんだって話です。でも、隣の樵の旦那は、最初の金の斧を自分のだって嘘をついたために、落とした斧まで返してもらえなかったんでさあ」
「なるほどねえ」
彼は家に帰ってから考えた。正直な話、金や銀の斧など木を切る役には全然立たないのだが、つぶして売ることくらいは出来るだろう。これはもしかしたら、やってみるべきかも知れない。彼は翌日、万が一を考えて手持の中から一番悪い斧を選ぶと、それを持って泉に出かけた。
バーテンから聞いた通り、斧を泉に投げ込むと、しばらくして中から若い女の姿をした泉の精が現れた。見ると、確かに金の斧を持っている。
「この斧はあなたの物ですか」
精霊は斧を差し出しながら尋ねた。彼は、よし、ここが問題だぞ、と思いながら、正直に答えた。
「いいえ、違います」
泉の精はすぐに引っ込んで、次に銀の斧を持って出て来た。
「では、この斧があなたの物ですか」
「いいえ、違います」
彼女は再び水に沈むと、今度は彼の落とした斧を持って現れた。
「では、これがあなたの斧ですか」
彼は、どうも少し白々しいかな、とは思いながら、それでも素直に答えた。
「あっ、それですそれです。いやあ、落としてしまって困っている所でした。どうもありがとうございます、拾っていただいて」
「あなたは正直な人ですね。では、褒美としてこちらの二本の斧も差し上げましょう」
泉の精は、彼に金の斧と銀の斧、そして彼の落とした鉄の斧の三本を手渡すと、そのまま泉に沈んでいった。それを見送りながら、彼は心の中でつぶやいた。
――なんだ、やっぱりこうすればよかったんじゃないか。なんだって、その意地悪樵とやらは、金の斧を自分のだと言ってしまったんだろう。
こうしてごく普通の樵である彼は、ごく普通の考え方で金の斧と銀の斧を手に入れることが出来た。これはつまり、人真似をするのなら中途半端にやらずに、きちんと物事の本質を見極めろ、ということである。
ところでこの後、泉には何本もの斧が投げ込まれ、そのたびに泉の精は律義に斧を二本ずつ配るはめになったそうである。さすがに同じ者がこれを繰り返しても駄目だったようだが――。ここにもう一つの教訓として、人に何かを与える時は、後のことをよく考えてからにした方がいいということもつけくわえておくべきだろうか。