重力の影――Twistor

    ジョン・クレイマー――John Cramer

    小隅黎・小木曽絢子訳 ハヤカワ文庫


 久し振りに読んだ、所謂「SF」。こういうのが現れると、まだまだ自分にもわかる作品が書かれていることを知って、ほっとします。もっとも、実際に執筆されたのは1987年ですが――。
 話の基本は簡単です。ツイスター効果と言う「宇宙ひも理論」を基礎とした現象が発見され、それを場に作用させると完全な球の形に「影宇宙」との間に入れ替りが起きる。つまり、その現象が働いた場の内部にあるものは「影宇宙」の方に送られて、代りに向こう側の何者かがこちらにやってくるわけです。で、その現象を論文にするかどうかで科学者の間に対立が起き、そこにスパイがからんで装置が狙われ、ツイスター効果で影宇宙に逃げ込んだ(というより、飛び込んでしまった)科学者がサバイバルを開始し、その間にこちら側ではいろいろと攻防戦があったりして、果たして科学者とスパイの戦いはどのようになるのか。
 と、こう書くとおわかりの通り、これは基本線としてはアクションと冒険を織り込んだ娯楽小説です。ただ、「異次元空間との行き来」というSFではよく出てくる現象を、「宇宙ひも理論」を使って丁寧に説明してあるというのが、如何にも80年代の作品と言うわけで、今日のインターネットの普及も予言されたりしていて、なかなか先見の明があるというべきでしょうか。
 ちょっと面白かったのは、後書きです。ここで作者は、ハードSFと言えどももちろんすべての科学的説明が正確と言うわけではなく、この作品に於いて自分がついた「嘘」の部分がどの辺であるかをきちんと説明しています。これは確かにその通りで、ハードSFの中に出てくる科学は、もちろん「擬似科学」です。作者も書いている通り、ちゃんとしたハードSFは、どの部分からが空想=嘘の部分なのかが出来る限りわからないように、継ぎ目を丁寧に丁寧に上塗りします。高校の理科程度でもわかるような部分から、ちょっとした専門書を読むと出ているようなことを正確に書くことによって、読者はいつの間にやら嘘の部分まで信じ込まされてしまう、それこそがハードSFの面白さですよね。この本の場合、昔なら「とにかく何だかわからんが異次元に行ける装置」を出せば済んだ所でしょう。ただ、現代の読者はそれでは納得しません。「光速を越える宇宙船」にも、何等かの説明を求めます。「ワープ航法」は画期的な「発明」でした。今時、普通のロケット・エンジンであっと言う間に恒星間飛行をする宇宙船なんて、それが出て来ただけで現実性が薄れてしまうでしょう。
 こう考えてみると、現代のSFは、一方の究極にある「幻想文学」の方向を採らない限り、一定限度ではあれど「ハード」な部分を持たなくてはならないのかも知れません。つまり、「ハードSF」と「ハードなSF」とは少し違うような気がするのです。
 「重力の影」は、あくまで冒険・アクション小説であり、その背景に「ハードな部分」がある作品だと思います。したがって、もちろん「宇宙ひも理論」が全然わからず(私にはよくわかりません)、こういった科学的な説明が苦手な人でも、この小説は充分に楽しめるでしょう。

宇宙暦28年10月29日)


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