楽器に関する覚え書き

パンの笛――panpipes


 新婚旅行でロンドンに行った時に買ったものである。確かハロッズだったと思う。楽器屋に行ったらバグパイプが置いてあって、これは本当に欲しかったのだが、ウン十万円という値段に恐れをなしたのと、そんなでかいものを持って帰っても置く所がないのとで断念した。代りに買ったのが、このパンの笛というわけ。
 ギリシャ神話に出てくるパンの神が吹いている笛というので、この名がついたそうである。構造は簡単で、要するに尺八やケーナと同じような筒が横に並んでいるだけのものだ。音の出し方も同じだが、音階を付けるのに指を使って穴を開閉するのではなく、長さの違う筒を「取り替える」。木管系でこのようなことをするのは、他にオルガン、笙、ハーモニカ……これらは構造上は一応木管だが、いずれにせよ、いわゆる「笛」の主流にはなっていない。考えてみると、複数の笛をたくさん並べて演奏すると言うやり方の場合、和音を出せるという以外にあまり演奏上の利点が見当たらない。それだって、オルガンの鍵盤のような特殊な装置が必要である。口は一つしかないのだから、どうしても演奏が難しくなってしまうのだ。
 パンの笛はその中でも特に困った楽器である。これではどうしてもハ長調しか演奏出来ないし、何よりも音域が限られる。複数の笛を並べるやり方だと、どうしてもその笛の数が全体の音域や調性を決定してしまうという典型的な例だろう。更に、笛の長さが変わるたびに拭き方を変えねばならず、離れた音にも飛びにくい。
 何だか悪口ばかり書いているが、実際この楽器を私はちゃんと演奏出来ないのである。だから、使ったことがほとんどない。結婚式とかの余興にでも使えばいいのだろうが、そういう時はオルガンを弾くことにしているのだ。マイク・オールドフィールドは「オマドーン」でこの楽器を使っているが、このアルバムのためにハープを習ったと言う彼でさえ、パンの笛は弟に演奏してもらっている。

 音楽の歴史に於いて、かなりの数の楽器が生まれては消えていった。楽器は妥協の産物だ。音が良く、表現力があり、しかも演奏者の肉体の技に従ってくれるものでなくてはならない。しかし、そのすべてを満たすのは到底不可能である。チェンバロがピアノにその座をほとんど譲ってしまったのも、その妥協のせめぎあいの結果だろう。
 では、この楽器はどうして生き残ったのか。正直に言ってよくわからない。考えられる利点としては、安価なことと、もしかして自作が可能な点だろうか。それだって決定的な理由ではない。いずれにせよ、私の部屋でこの笛は、ほとんど演奏されることなく放置されている。

宇宙暦28年11月26日)


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