笛に絵を描く


 以前、笛を自分で塗ったことがあるが、今回はそれが高じて絵を描くことになった。樹脂の尺八を黒の艶消しで塗ったところまでは良かったのだが、それだけでは何となく寂しく思ってしまったのである。どうせなら、自分のオリジナルの笛に出来ないものか。オカリナなどでは、そんなセットも売っていることだし――。
 ということで、以下は笛に絵を描く奮戦記である。

 ところが、さて実際に始めるとなると、プラモデルの塗料なんぞでは描きたくない。というか、そもそもこういう場合は不完全でも構わないから日本画みたいな技法を使いたくなるもので、それでも黒漆に朱一色では大したものは出来そうにないから、やはり金銀が使いたくなる。したがって、どうしても蒔絵からやり方を借りて来ることになった。
 調べてみると、蒔絵はただ漆で絵を描いた上に金粉銀粉を「蒔く」だけではなく、後で漆を塗って磨くなどの手法があるようだ。しかしそこまでやっても、どうもいいものは出来そうにない。表面を綺麗に磨く自信がないというか、以前に一度失敗しているのだ。仕方なく、ただ蒔くだけで終わりにするしかなかったが、どうも表面が凸凹でこぼこしてしまったようである。この辺りが、まだまだ好い加減な部分であるよなあ。
 実は最初は、単に透明な科学漆に金銀の粉を混ぜただけでやってみたのだが、「透明」と銘打ってはあっても実際には多少茶色掛かっており、金はともかく、銀では上手く輝きが出ないのである。漆を塗った後に粉を蒔く方法だとどうしても粉に無駄が出てしまうので、単にケチな理由でそうしたのだが、これは余りあまく行かなかった。やはりスポイドを使って、粉を吹き付ける方がよいようだ。

 さて、まず金銀漆を手に入れなくてはならない。実はカシューには、銀はあっても金はないのだ。それに、最低の大きさの缶を買ってもどうしても量が多過ぎて、無駄が出てしまう。余り長く保管していると、固まってしまうものではあるし――。
 そこでネットで探ってみると、ふぐ印の科学漆というチューブ入りのシリーズに、透明漆に金粉・銀粉の付いた少量売りの製品があった。実はこれ、画材ではなく釣具なのである。だからネット注文は釣具店で賄ったが、以前の経験だと東急ハンズでも買える筈だ。あとは、粉を入れるビンとスポイドをダイソーで買ってくる。百円ショップのいいところは、値段のみならず、何屋で売っているのかよく分らない品までも手に入る点にある。
 問題は絵そのものだ。普段描いているイラストの類と異なり、これは下絵が使えない一発勝負である。そこでまず、墨汁と筆を使って、スケッチブックで練習してみた。書道でいう、「臨書」だ。もちろん、そんなに精密な絵はとても描けない。むしろ、筆の勢いに任せた、刷毛目の出るような図柄が好ましい。やってみたら何とか出来たので、いよいよ本番に入る。以下は、書いた順の作品である。

 黒塗りの篠笛に描いた火蜥蜴サラマンダー。これは次の尺八もそうだが、あわよくば夏のSF大会のイラスト展に出そうなどと欲をかいたための図案である。邦楽の笛に描く絵であるからにはまさか宇宙船やロボットを描くわけにもいかず、それなりに道具に沿っていながら尚SF味を出そうとした結果、こんな風になった。蒔絵では細かい絵が描けず(まあ、私の技術不足もあるけれども)、大まかな形で表現しなくてはならないためでもある。日本画の技法は、こういった時に大変役に立つ。
 などと偉そうなことを書いていますが、もちろんこれまた、いつもの我流です。特に日本画を習ったわけではありません。手近にある手本や実物を見て真似しただけなので真っ当な知識はある筈もなく、どうにも申し訳ない次第であります。

 描いてみると、やはり何処かがはみ出したり、少し尻尾が太過ぎたりで、どうしても修正が入る。その際、背景の朱に新しい筆目が入り、なかなか平らにならない。本漆は乾くまでに非常に時間が掛かり、こういった凸凹もいずれは埋まると中学の技術で習ったが、科学漆ではそうもいかないのが困る。本当はコンパウンドか何かで磨く(蒔絵の手法に、木炭で磨いて平らにするというのがあるらしい)といいのかも知れないが、前述のように苦い経験があるのでそこまでは至っていない。
 製作過程を妻に見せたら、亀の絵だと思われてしまった。火の部分が甲羅に見えたらしい。蜥蜴の背模様を入れたらそれらしくなったというが、これ、亀に見えますかねえ。

 この企画のきっかけになった尺八である。ただし、絵柄が複雑なため、上の火蜥蜴より後になってしまった。手本は手塚治虫の火の鳥。鳳凰と言ってもいいかも知れないが、実は西洋の不死鳥フェニックスとは形が違う。これは手塚を手本にはしたが、自分でも勝手に解釈してデザインしなおしてある。というよりも、単に描き易く簡略化しただけである。
 実はこれは第二版で、始めは頭が上に向かっており、銀色の尾が笛の下の方にまで伸びていた。しかし書き上げてみると、どうも落書きと余り変わらない(いや、今だって実は落書きだが)。尾が管の周りを螺旋のように巡っていると、そもそもそれが何を描いたものなのか判らなくなってしまうのだ。平らな板に絵を描く時と違い、一度に全体が見えないからそうなるのである。私のように未熟なうちは、無理をせずに小さな図柄から始めた方が無難らしい。
 と言うわけで、最終的にはこんな風に頭が下になり、舞い降りる姿になった。尺八は演奏中も笛が立つので、前から見てもこの通りである。

 それにしても、今後この手の日本画で空想上の動物を描くとなると、あとは竜とかぬえになる。前者は何とか下絵が描けたが、全体が長いので小さく押し込めるのが難しい。後者は筆一本で下絵無しに描くのが大変だ。いっそ、「デューン」の砂虫とかを描いても面白いのだろうが――。
 ということで、下の能管はSFイラスト何処吹く風になってしまった。

 能管のこの部分は溝が走っているので毛細管現象が起きないか心配だったが、やってみるとそれ程でもなかった。ただ、筆の先が上手くまとまってくれず、どうも梅の花が丸っこくなっている。妻に見せたら松と間違えられたが、松なら緑色に描くわい。
 これにはまず、下地に元と同じ黒の艶消しを塗ってから、銀粉を散らしてみた。しかし最初はどうしても塊というかダマが出来てしまい、一度塗りなおしてある。つまり、銀粉をケチるために低い場所から蒔いたためで、もっと高い位置から散らせば無駄はなかったわけである。これはその後の教訓にもなった。つまらないケチは、却って失うものが大きい。
 で、実はカシューには茶色もあるので、枝の部分にはそれを使った方がよかったかも知れない。しかし、こんな少しばかりのために一缶買うのも何なので、金色にしてある。これもケチの一種だが、この場合はこれで良かったか。元になった梅の描き方は花札を真似したもので、もっと簡単に描けるかと思ったが、出来上がりを見てみると何だか団子みたいである。まだまだ修行が足りないなあ。

 実際には、能管にはこんな絵を描いていいものやら疑問は残る。多分、伝統的な作法からは外れるだろう。だが、私のは勝手な趣味だから勝手にやるのである。どうせ、壊れたものを直した笛だし――。

 おまけ。最初に試した薬箱である。結婚した時に妻の実家から貰った物で、二十年も経つとすっかりくたびれてしまったため、試しに塗ってみた。
 これは金銀の粉を科学漆に混ぜただけで使ってあり、蒔絵ではない。したがって、写真では判りにくいだろうが、表面が透明な膜に覆われており、上手く光ってくれないという問題がある。銀色も何だかくすんでいるようだ。まあ、最初だから仕方ないとばかりにこのままにしてあるが、機会があったら描き直してみることもあるのだろうか。

 こうして改めて見てみると、とにかく金銀の粉をケチるといい結果にならないことが判る。スポイドに吸い込んだ後、ある程度の高さから吹き付けないと均等に散らばらないのだ。無駄は確かに出るが、最終的にはそちらの方がやり直しが少なく、安くつく。今回のことで真鍮粉をだいぶ使ってしまったので、透明漆は余っていることだし、そのうち東急ハンズに寄って買って来るとしよう。何だか他にも作りたく、というか塗りたくなってしまった。

宇宙暦41年2月18日


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