楽器に関する覚え書き

消音装置付きピアノ――YAMAHA YU50SB



 ピアノを買い換えた。
 一生のうちにそう何度もあることではない。しかし前のピアノもそろそろ三十年、何と言っても前世紀製である。そろそろ弾きにくさも気になってきたし、鍵盤の深さのため、MIDI改造は出来ないとも言われていた。そこで夜間の練習のこともあるので、いっそサイレント機能付きに取り替えることにしたのである。
 ということで、ヤマハのYU50SB――。

(1)普通のピアノの部分

     実際問題、消音機能はヤマハのシリーズ全体を通して、値段で変わるものではない。また、もしもサンプリング音源だけで完全にピアノの代わりを出来るのなら、弦はいらないことになる(実際、そういう機種もたくさんある)。にもかかわらず、このように弦を張ったピアノに後付けのように消音機能を加えるのは、やはりまだまだ本物の弦の音を再現し切れないからである。したがって、中心はあくまで本物のピアノの部分であり、機種選定で重要視したのもそこであった。

     この機種は、消音機能を取り去った場合、YU50と同じになる。この機種の売りは「アップライトでグランドピアノの音を」だと展示会で聞いた。
    目立った特長としては、通常のアップライトピアノは真上の天板を開けて音を外に出すが、これは譜面立てを起こすことによってそれが出来る点がある(写真右)。これは非常に良い工夫である。だいたい家庭のピアノは(良くないことはわかっていても)上に楽譜などを置いてしまうことが多く、蓋が開けにくい。しかしこの機種は、前にその部分を付けたので、上に物があっても関係ない。また、天板の部分も微妙に隙間が出来ていて、弦の音が外に逃げるようになっている。
     実際に弾いてみると、確かに響きが良い。むしろ、我が家の音楽室などでは響きすぎるくらいである。そのため、やや疲れるくらいだ。これは慣れの問題もあるかも知れない。
    また、黒鍵に樹脂を貼らずに、木目が見えている。そのため、指が滑りにくい。これは音源が電子音でも大切な部分である。キータッチはやや重めだが、弾きにくくはない。

     ピアノ(というか、鍵盤楽器)は、自分の楽器を持ち歩くのは難しい。MIDIの発達でようやく音源部のみは持ち運びが出来るようになったが、外で演奏する場合、キータッチ云々を言うことは出来ないのである。
     がまあ、一応家に置いてあるピアノくらいは、ある程度気に入った音と弾き易さが必要なものだ。一度買えば30年は付き合うことになる。にもかかわらず、すべての機種を試すことはとても出来ない。安い買い物ではないし、ある程度賭けになってしまうのは仕方あるまい(これ以上の賭けが、家を買う時だ)。
     その点で考えると、やや音が響き過ぎることだけは問題かも知れない。もう少し慣れるまで待つしかないのだが(最初からこれを弾いていれば気にならなかったろう)、いずれにせよ新しい歯車が機械になれるまでは時間がかかるものである。

(2)サイレントピアノ

     今回の目玉である。本体右下のスイッチを入れ、ミュートペダルをかける。すると弦の音が止まり、ヘッドフォンからピアノの音が聞こえる。これで夜間の練習も制約がなくなる。
     まず最初に、音の再現性は大変に良いと言っておこう。初めての時、一度ヘッドフォンを外して、弦の音が本当に止まっているのか確認したくらいである。実はこの部分には外部出力端子がついていてアンプなどにつなげることも出来るのだが、やはりヘッドフォンで聴いた時に最良になるようである。そのように調整されているのだろう。もしかすると、バイノーラルやホロフォニックの効果が使われているのかも知れない。
     ピアノの電子化で難しいのはダンパーを踏んだ時の弦の共振だが、これはその点もちゃんと再現されていた。少なくともヘッドフォンで聴取する限りは、まったく問題ないレベルにある。タッチの強弱もきちんと反映されるので、夜間だけでなく、練習の過程を他人に聞かれたくない時には打って付けだ。ちゃんとチューニング機能も付いているので、442ヘルツでも演奏出来る。
     ただし、音はピアノ一種、効果も音量と残響しかない。これは夜間の練習用という元々の目的から考えれば充分なものである。どうしても他の音、例えば電気ピアノなどが欲しい時は、次に書くようにMIDIアウトを使えば良い。

     それにしても、ピアノの寿命が30年とした場合、このような電子機器の部分(特に鍵盤の感知機など)はどのくらい持つものなんだろうなあ。実際、前のピアノと同時期に買ったシンセサイザーも、十数年前に完動品とは言えなくなってしまっている。この機能が先に壊れてしまった場合、価値が半減してしまうわけだし、修理体勢が長く続いてくれれば良いのだが……。

(3)MIDI機能

     さて、消音機能がついているからには、当然ながらというか何と言うか、そこにはMIDIアウトがついている。これで実質的には電気ピアノにもオルガンにもなってしまうわけで、早速パッチベイにつなげて試してみた。
     まず、今までSY77をキーボードにして使っていたナノピアノ。シンセサイザーの鍵盤はとちらかというとオルガンに近いし、そもそも5オクターヴしかない。これを88鍵のピアノ鍵盤でコントロール出来るのは、確かに良い。何と言うか、本当にフェンダーやウーリッツァを弾いているような感じがする(実際には、スーツケースの鍵盤は、かなりピアノとタッチが違うことがある)。更に、ナノピアノにはホンキイトンクやハープシコードも入っているので、バッハやラグタイムもこれで弾ける。

     意外なのは、ハモンドオルガンやSY77のパイプオルガン音をコントロールする時である。
     実際のB−3やクラシック用のオルガンは、シンセサイザーのキーボードよりももう少し重いことがあり、つまりはSY77やMIDI用のマスターキーボードでも、本物のオルガンのタッチにはならないことがあるのだ。したがって、ピアノの鍵盤で演奏しようが何だろうが、いずれは完全でないのである。それよりも、問題はもっとつまらないことが重要な場合がある。このピアノにオルガンの音源をつないで演奏すると、今まで使えなかった譜面立てが使用出来るのだ。
     シンセサイザーやMIDIコントローラーには、どういうわけか譜面立てがついていない。昔はついていたのだが、基本的に暗譜を想定した楽器なのか、最近は省略されてしまっている。だから、ハープシコードやオルガンを弾く時は、最初にピアノで練習しておかねばならなかった。このため、譜面を見ながら弾くことが多い妻などは、今までピアノしか弾けなかったのである。
     しかし、アコースティックピアノには本格的な譜面立てがついている。これでオルガンの曲なども、非常に練習しやすくなったといえる。
     ただし、当たり前の話だがこれは一段鍵盤なので、左右の手で違う音を出すことは出来ない。この点を解決するには、やはりエレクトーンなどをキーボードにしなくてはならないだろう。

     さて、とはいうものの、もともとこれはMIDIマスターキーボードとして作られたわけではないので、問題がないわけではない。いろいろと制約はある。
     考えられる問題点としては、送信チャンネルが1に固定されている(受信は1と2)、プログラムチェンジが送れないので楽器の音は変えられない、コントロールチェンジも64(ダンパー)くらいしか送れないので音量調節等が出来ない、などがすぐに考えられるが、これは仕方がないだろう。もちろんキースプリットなどにも対応していない。あくまでこの機能は付け足しと考えるべきである。
     また、MIDIインの機能も持っているが、これは直接鍵盤をコントロールして弦を弾くのではなく、電子音源を鳴らすだけである。それでも一応の使い道はある。

 さて、30年の寿命のことを考えると、もう一度くらいは買い換えるのだろうか。その時はどんな楽器になっているだろう。いかに何でも、電気ピアノのように完全に電子化されるところまで行っているとは思えないのだが……。21世紀はまだまだ残っている。

宇宙暦37年4月2日)


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