――お前、破門だからオルガン弾け。ハモンド・オルガン。
故・林家三平のギャグ
へっへっへっへっ、うれしいな。何がって、あなた、ハモンド・オルガンを買っちゃったんですよ。キーボード奏者やってて、いつかは手に入れるべき楽器ですぜ。とはいうものの、もちろんB−3やC−3を買えるはずはなく、新しい鍵盤を置く場所もない。買えたのは、ハモンドXM−1という音源モジュールなんだけど。秋葉原のラオックスが移転処分市やっていて、7万円くらいで買えてしまった。相場から言って安いのかどうかわからないけど、これでようやくあの音が手に入ったわけですね。
というわけでハモンド・オルガンである。私くらいの年代のキーボード奏者にとっては、フェンダー・ローズ・ピアノ、ミニ・モーグと並んで「三種の神器」の一つであり、かつてのロック・シーンに欠かせなかった楽器だ。この三種の神器に、生ピアノとメロトロンを加えて五種の神器にもなるわけだが、このうちフェンダーのピアノはもはやない。ただ、シンセサイザーのプリセットに結構いい電気ピアノの音があるし、もともとクラシック系の人間なので、生ピアノの方が好きである。また、メロトロンはサンプラーに姿を変えて、もっと安定したものになった。もう一つ、ミニ・モーグはといえば、演奏中の音の変換を考えなければ、一応デジタル・シンセサイザーがそれ以上の性能だともいえる。したがって、とにかくハモンド・オルガンだけが自分としては心残りだったことになる。
さて、この楽器には、トーンホイール発振、ハーモニクス・ドローバー、レスリー・スピーカーという三つのキーワードがあるが、実はこの最初と最後の二つが原因で長い間手に入れることが出来なかったのだ。何となれば、これらのためにどうしても値段が上がってしまうし、もう一つ、楽器全体の筐体が大きくなることで、折角高い金を出して買っても置場所がなく、コンサート等に持っていけなかったからである(私は車が運転出来ないし、おまけに腰痛持ちだ)。ところが技術の進歩は様々なことを可能にしてくれる。正弦波の発振は純電子式に変えることによって解決し、レスリー・スピーカーやトーンホイールの持つ独特のノイズすらもデジタルで再現出来るようになった。更にはMIDI規格のおかげで、現在の電子楽器は鍵盤を内蔵しなくてもよいわけだ。こうして、ようやく自分もこのオルガンを買う事が出来るようになったのである。
写真のように、音源部は片手でも持てるサイズだ。これにドローバーのユニットをつないで、手元(期せずして、SY77のフロッピー・ディスク・ドライヴの蓋になった)におく。3チャンネルのマルチ・ティンバーになっているので、MIDI鍵盤とMIDIミキサーがあれば、ちゃんとした2段鍵盤のオルガンになってしまうわけだ(自分は、ローランドのPC−180とヤマハのSY77につないでいる)。本当はペダル鍵盤も欲しい所だが、まあ、贅沢はいっていられないだろう。
買って最初の日、とにかくプリセットの音とドローバーでの合成を試しながら、いろいろな曲を弾きまくってみた。バッハはいわずもがな、ディープ・パープルやEL&Pなど。ハモンド・オルガンは元来がパイプオルガンを目指したれっきとしたクラシック用の楽器で(「初号機」を買ったのは、ジョージ・ガーシュインだそうである)、確かに荘厳な宗教音楽用の音も出るのだが、私みたいなものにとっては、やはりロックンロール用のオルガンである。多分、自分がもっとも入れ込んでいた70年代のプログレ系バンドのキーボード(ハード・ロックもだが)奏者で、このオルガンを使ってなかったものはほとんどいるまい。キース・エマーソン、ジョン・ロード、リック・ウェイクマンはいわずもがな、私が気に入っているところでは、ピーター・バーデンス(キャメル)の「スノー・グース」やリック・ライト(ピンク・フロイド)の「原子心母」、「神秘」でのソロがある。ただ不思議なことに、このホームページで当然取り上げるべきマイク・オールドフィールドには、あまり目覚ましい使い方がない。「チューブラー・ベルズ」に使ってはいるのだが、これはパイプ・オルガンの代りという感じで、あまりロックンロール系のハモンド・トーンではないのである。まあ、彼は本来ギタリストなわけで、シンセサイザーにせよ何にせよ、基本的にはキーボードは伴奏に回っているのだが――。
今思うに、私が最初にシンセサイザーを弾き出した頃は、パイプ・オルガンはもっとも再現の難しい楽器の一つだった。いや、電子ピアノにせよストリング・シンセサイザーにせよ、真に電子的な合成だけで本物の楽器の音を再現する事は確かに難しいのだが、特にパイプ・オルガンは波形が余りに複雑なため、再現は到底無理だと言われていたような気がする。それが、サンプリング音源の登場でかなり本物に近い音が出るようになってきた(むしろ現在難しいのは、ヴァイオリンのような擦弦楽器の独奏である)。自分もSY77で初めてバッハのトッカータを弾いた時は、本当に感激したものだ。だとすると、ハモンド・オルガンは将来的には、パイプ・オルガンとは全然違う楽器になっていくだろう。「神秘」の最後にあるオルガンのコードは、もしもあれが最近になって作曲されたものだったら、サンプリングのパイプ・オルガン(あるいは、本物)を使うに違いない。
というわけで、現在のハモンド・オルガンの使い方は、個人的にはやはりロックンロール系である。このためにはもう少しブルーノート等のスケールを知らなくてはならないと思うのだが――しかし指使いの練習や両手の連携を考えると、やはり「あの辺り」から弾きなおさねばなるまい。まったくいつまでたっても、バッハとオルガンは切っても切れない繋がりがあるものである。