楽器に関する覚え書き

サンプラー――sampler


 かつて(70年代)プログレ系のバンドでもてはやされた楽器にメロトロンというのがあった。これは要するに鍵盤の数だけテープ・レコーダーが並んでいるというもので、どれか鍵を押すと、テープがキャプスタンに押し付けられて回転を始める。するとそこに録音されている音が再生され、予め合唱団やオーケストラの音を入れておけば、一人でこれらの代りが出来るというものだ。したがって、理論的にはどんな楽器の代りもすることが出来ることになる。これはリック・ウェイクマン辺りが多用していて、「イエスソングス」で聴かれる「ハレルヤ」など、その代表的な使用例である。
 ただこの楽器、当然ながら値段が高い。それに、使っているうちにどうしたってテープが傷んでくるだろうし、故障が多くて困ったという。交換テープも安くはないし、筐体の大きさや重量にも問題がある。とても、アマチュアがおいそれと買える代物ではなかった。コンピューターを利用したサンプリング音源は、それに対する一つの答である。
 サンプラーとは、要するに録音した音を音程を変えて出す楽器(音源)のことだ。まずマイクから任意の音を入れる。内蔵したコンピューターがそれを解析し、MIDIからの信号によって音階を付けて再生する。
 この方式を使えば、メロトロンの問題はほぼ解決する。デジタル機器はその気になれば非常に小さく作れるし、機械的な作動をする部分がないので、故障も少ないだろう。だいたいメロトロンの場合、鍵盤一つひとつに対して決まった音程のテープが必要だから、一々そのすべてに録音をしなくてはならないし、交換するのも大変な手間である。しかしサンプラーなら、一つ録音をすれば、あとはコンピューター任せに出来る。
 ということだが、もちろん現実にはそんなに簡単ではない。例えばピアノの音を録音したとして、これを音程を変えて出した場合、半音や1音くらいならいいが、オクターヴを変えるとどうしても音が違ってしまう。本物の楽器は、まったく同じ波形をただ音程を変えただけでは、再現出来ないのである。そこで、ある程度は振動数毎に分けて録音することになり、その分コンピューターにはメモリーが必要だ。また、最初に録音する時の技術というのも重要らしく、DATレベルの音源が必要になるらしい(ピアノの音一つとっても、録音するマイクや位置によって全然違う音になる)。
 結局ユーザーが自分で録音して使うサンプラーは、アカイなどが作っているが少々高価である。ただ、多くのGM音源などでは、ROMに音を焼き込めばいいので、この方式で音を出しているようだ。ハモンド・オルガンのところで述べたように、これでパイプ・オルガンやオーケストラの音もなんとか出せるようになった。考えてみれば、自分で録音して再生するサンプラーの使い道とはどのようなものか。だいたい元になる音がなければ何にもならないわけだから、私なんぞが使えるとしたら、せいぜい自分の声か効果音である。

 さて、写真のサンプラーはヤマハのSU10だ。定価でも5万円を切るし、実売では3万円余りで買える。多くの「本格的」サンプラーが20万円くらいからだから、これは随分安い方だろう。
 ただその代り、性能にはいろいろと制約がある。まずメモリーが少ないので、トータルで50秒くらいしか録音出来ない。音階を付けることは出来るが、録音した音のピッチから半音ずつ下がっていくだけで、しかも1オクターヴ限りである。更にはその時は和音が出ない。したがって、最初にピッチをきちんとしておかなくてはならないし、演奏にも不便だ。どうしても和音が出したければ、それぞれのキーに一音ずつ丁寧に録音するという、メロトロンと同じことをしなくてはならない。
 だから最初に買った時は、何だこんなものかと思ったものである。本音を言うと、SY77は持ち運びに不便なので、その中で気に入った音を録音して、運搬出来る音源にしようと思っていたのだが――。
 ところがいろいろと試しているうちに、思いがけない使い方に気がついた。というのは、これは要するに、スイッチ一つで録音した音を出せるレコーダーだと考えればいいのである。例えば個人的には、V6の「Take Me Higher」(ご存じ、「ウルトラマンティガ」の主題歌)をやった時、最初にティガが変身する音と、例の「シュワッ」という声を録音しておいた。するとこれらが、曲に合わせてあたかもリズム楽器のように再生出来るのである。保育園のクリスマス会などでアニメの主題歌をやる時、これはテープやMDなどより遥かに便利だ。

 考えてみれば、私のように余りコンサートみたいなことをせず、MIDIデータのみで曲を出している場合、GM/GS音源以外の楽器は余り意味がない。普段一人で弾いて楽しむためには、やはりピアノとオルガンくらいは欲しいが、サンプラーのようなものはほとんど使い道がない。ということで、ちょっとした効果音を得るために、安価で小型のサンプラーがあれば充分ということになる。先に言った音階とメモリー量の問題を抜かせば、音の質は自分にとって充分過ぎる高さだ。だとすれば、これで一応は満足して、あとはシンセサイザーで何とかしようと思っている。

宇宙暦29年10月29日)


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