銀背通信――帰ってきたハヤカワ・SF・シリーズ


 ハヤカワ・SF・シリーズが再版されている。
 復刻ではない、再版である。何と30年振りに、いくつかのタイトルが書店に並んでいるのだ。お恥ずかしい話、店頭でたまたま見掛けるまで、私はこのことを全然知らなかった。やはり、SFマガジン等にまめに目を通さなくなっていたせいか、まったく迂闊である。それにしても、このことが自分の周辺でもあまり話題になっていないというのも、少々寂しい気もするのだが――。
 現在までに手に入れたのは、次の4冊である。
 

題名作者初版今回の版数
ドノヴァンの脳髄
/Donovan's Brain
カート・シオドマク
/Curt Siodmak
中田耕治1957年12月31日第4版
超生命ヴァイトン
/Sinister Barrier
エリック・フランク・ラッセル
/Eric Frank Russel
矢野徹1964年 3月31日第6版
ラルフ124C41+
/Ralph 124C41+
ヒューゴー・ガーンズバック
/Hugo Gernsback
川村哲郎1966年 9月20日第2版
影が行く
/Who Goes There?
ジョン・W・キャンベル
/John W. Cambell
矢野徹・川村哲郎1967年11月15日第2版

 このうち「超生命ヴァイトン」だけは、正確にはハヤカワ・ファンタジイに属する。いずれも、今回の再版は1995年9月30日。すなわち私は、このことに1年半も気がつかなかったわけだ。

 さて、ある一定以上の年齢のSFファン(ちなみに、私自身は宇宙暦紀元前11年=西暦1958年生まれ)にとって、ハヤカワ・SF・シリーズは特別な意味を持つことと思う。歴史についてそんなに詳しいわけではないのだが、おそらくは日本で最初の「本格的な近代SF」のシリーズだからだ。もちろんこれ以前にもその手の出版はあったのだろうが、規模の点でも内容の点でも、やはりこれだけのものは日本で最初ではないかと思う。
 そのシリーズも文庫の登場で一応の役目を負えることになる。同じサイズの新書でも、何故かハヤカワ・ミステリの方はその後もミステリ文庫と並行して刊行が進められ、「2000点刊行を目指」して1600余りになったわけだが、SFについてはそうも行かなかったらしい。主な新刊はすべて文庫のものとなり、一部の作品がハードカヴァーで出版され、後に文庫入りという経路を辿るようになったのは、ご存じの通りである。同時に何点かの作品については、シリーズの新書から文庫に移ってきた。その際に、「宇宙大作戦」の最初の二つのように、訳が新しくなったものもある。いずれにせよ、これらは一応再び日の目を見ることになったわけだ。
 ところが、中には文庫になることもなく、そのままになってしまった重要な作品も幾つか存在する。「ヒューゴー賞」にその名を冠すヒューゴー・ガーンズバックの「ラルフ124C41+」などはその代表である。これは個人的にもぜひ読みたいとは思っていたのだが、何しろ生来の怠惰な性格もあって、なかなか真面目に探すということもせず(この手の理由で再読が遅れたものの代表に、中村真一郎・福永武彦・堀田善衛の「発光妖精とモスラ」がある)、今回の再版でようやく読む事が出来たわけだ。ともあれ、そのことだけは素直に喜びたい。

 しかし、それにしても、これらの本のタイトルが「日本書籍総目録」に載っていないというのは、どうしたことだろうか。1995年版はともかく(この年の9月に出たのだから)、1996年版にも載っていないのである。書店で探すのも結構難しい。ある程度大きな本屋でも(例えば、有隣堂本厚木店等)置いてないことがある。結局、たまたま近所の小さな書店になかったら気付きもしなかったわけで、その点では私は運がいいのだろう。もしこれを読んだ方が近くの書店で探したいとおっしゃるのなら、私が今まで見つけた二つ(そう、二つしかなかったのだ! やはり、1年半も遅れるとこういうことになる)の書店では、ハヤカワ・ミステリの中に紛れ込んでいたことを報告しておく。サイズも装丁も、背表紙に「SF(あるいはHF)」と銘打ってある以外はほとんど変わらない。ただし、困った事に「世界で最大規模のミステリ・シリーズ」でありながら、こちらもまったく置いてない書店もある。そういった場合は、どこかの新書のところにあるのかも知れない(だいたいは、ない)。根気良く探すか、直接取り寄せるしかあるまい。

 と、ここまで書いたところで、早川書房に電話を掛けて問い合わせてみた。
 「はい、早川書房です」
 「あ、すみません。そちらで出ている本についてお聞きしたいのですが――」
 「はい、何でしょうか」
 「あの、ハヤカワ・SF・シリーズが再版されているらしいので、そのタイトルについてです」
 「はい、4点ほど出ています」
 何? じゃ、あれで全部なのか。
 「それじゃもしかして、『ラルフ』と『ヴァイトン』と『影が行く』と――」
 「『ドノヴァンの脳髄』ですね」
 「他には?」
 「ございません」
 「これ、いつ出たんですか」
 「一昨年、50周年記念事業で出ました」
 と、まあ、この後ちょっとしたやりとりはあったのだが、要するに私は全部買ってしまったのだ。50周年記念事業であるからして、あと50年は待たなければ次は出るまい。それとも、10年毎位に出してくれるのだうか。
 ともあれ、これで前から持っている「華氏451度(ブラッドベリ)」、「世界の中心で愛を叫んだけもの(エリスン)」、「21世紀潜水艦(ハーバート)」、妻が結婚前に手に入れていた「未踏の時代(福島正実)」、「馬は土曜に蒼ざめる(筒井康隆)」、そして「ハヤカワ・SF・スペシャル」として一回だけの単発企画で出た「火星の大統領カーター(栗本薫)」と合わせて、都合10冊がうちにあることになる(もっとも、最後のものは計算から外すべきかも知れないが)。決してコレクターやってるわけではないのだが、まあ、このジャンルにかかわって20年を越えたファンとしては、やはり少ない方だろう。このシリーズに入った作品は、私みたいな古いファンには読みやすいものが多いので、今度から古書店等で見つけた場合はちゃんと買っておくことに決めた。

 というわけで、取り敢えず再版になった4冊の書評をお送りする次第である。これらは歴史的に重要な意味を持っている作品ばかり(だからこそ、再版になったのだ)なのだろうが、いつまでもバッハが最高では音楽界は停滞する。SFだとて同じである。したがって、今この時点で読んでどう思ったかを、素直に書く事にする。もちろん、歴史的な意義も認めるにやぶさかではないので、それについてのコメントも出来る限り入れることにした。

    ドノヴァンの脳髄
    超生命ヴァイトン
    ラルフ124C41+
    影が行く

宇宙暦29年5月30日)


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