砥石について


 ナイフはコンピューターに似た道具です。どちらもさまざまな用途に幅広く使え、手入れは使用者自身が行なわねばなりません。手入れの悪いハードディスクは使いにくく、肥大した無駄ファイルですぐ一杯になりますが、ナイフも同じようにしばしば砥いでやらないと、必ず切れなくなります。コンピューターの場合、この手入れの道具はファイル管理ソフトとテキスト・エディターですが、ナイフはもちろん砥石がこの任に当たります。その代わり、適切に手入れをされれば、ナイフもコンピューターも手足のように働いてくれるでしょう。ということで、ここには砥石について書こうと思います。

 実は、最初私が使っていた砥石は、近所のスーパー・マーケットで買って来た安物でした。もうどこかになくしてしまったのですが、荒いのと細かいのと2枚が貼り合わせてあって、これで家中の包丁を研いでいたものです。私は、あの何ていうのか知りませんが、金属の丸い輪っかみたいな奴がくるくる回る砥石がどうも嫌いで、何だか刃が欠けそうな気がしてしまうのです。それで一応はそれらしき砥石を使う事にしていたのですが、この時の経験は後にATS34のナイフを砥ぐ時にも大いに役に立ちました。
 さて、この最初の砥石は、もちろん水砥石です。日本人は、刀を砥ぐ時にもずっと水砥石を使ってきたわけで、包丁のような食べ物を切る刃物を砥ぐ場合には、衛生面からも水砥石を使いたいものです。ホーニング・オイルって、何か臭いがつきそうでしょう? 私のナイフは基本的にはすべて料理用ですから、やはりホーニング・オイルなどは出来るだけ使用したくありません。それで、初めてマルコポーロを買った時も、この最初の砥石で研いでいました。ところがやはり、モダン・ナイフは家庭用の包丁よりは刃が固いんですね。どうしても、表面が削れてしまいます。そこで仕方なく、もう少し固い砥石を買う事にしました。
 ナイフの入門書などを見ると、一般にモダン・ナイフはアーカンサス地方で採れる砥石を使う事になっています。これは油砥石です。ただ「ナイフマガジン」などを見ると、別に水で砥いでも構わないみたいなことが書いてありました。そこで妻の実家の近所にある店に行ってみましたが、こちらの思うようなものは結構値が張ります。それに、如何に水で砥いでも大丈夫といっても、基本的に油で砥ぐ事を前提としている砥石だと、やはり不安があります。そこで町田の東急ハンズに行ってみたら、ナイフのコーナーにはやはり気に入ったものがなく、調理道具のコーナーでようやく見つける事が出来ました。

 右の写真が私の愛用している砥石です。これはもちろん全然天然のものなどではなく、セラミックの人工砥石ですが、店員さんの話によるとATS34でも楽々研げるとのこと。試しにポケットに入れていたハンターロックを砥がせてもらったら、楽に切れるようになりました。値段も3000円位だったと思います。則、購入しました。
 私がナイフ(包丁)を砥ぐ基準は、ある程度熟したトマトがつぶれずに切れるかです。トマト・サラダはよく作るので、これは大切な事です。それに、家ではマルコポーロロッキーマウンテンで肉から魚から全部を切るので(これは、外で使う時に備えて手に馴染ませるためです)、トマトの皮はすぐに切れなくなります。だから本格的な刃付けよりも、簡単なタッチアップが重要です。これは「ナイフ学入門(織本篤資 並木書房)」という本に載っていた方法でやります。写真のように砥石を水で濡らし、柄を片手で持ったまま刃の部分を砥石の表面でこすってやるのです。これを時々やるだけで、切れ味はかなり長い間継続します。

 ところで、外に出た時はどうするのでしょう。私は今のところ泊りがけのキャンプなどはやっていません(子供が大きくなったらやるでしょうが)ので、基本的には野外炊事の前日に砥いでおけばそれで済みます。ただ、不安て奴はどうしても残るものですね。携帯用の砥石も一つ持っています(右の写真)。
 これ、実はダイヤモンド砥石(写真で縦になってる奴)を抜かしてすべて油砥石です。でも前述のような理由で、水で砥ぎます。といっても、水をかけながらナイフを動かすわけではありません。左の写真のように、コップに水を入れてその中にざばっと砥石を入れてしまい、これで刃の表面を鋭くするのです。ずいぶん乱暴な方法のようですが、これで結構ちゃんとした刃がつくんですよ。

 いずれにせよ、そんなにえらそうなことを言えるほど砥ぎが巧いわけではありません。名人がやると腕の毛が剃れるそうですが、そんなことはとてもとても――。ただ、トマトの皮がすっと切れれば、私の当面の用には事足ります。河豚の刺し身を作るには切れ味不足でしょうが、そもそも免許がないのでそんなことは出来ません。ただ切れ味の悪い刃は無駄な力が必要になって危険なのも事実なので、せめて怪我をしない程度にはよく切れるようにしたいと思っています。


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