別の所に書いたように、ハモンド・オルガンを買ったのはつい最近、それも本体ではなく、音源モジュールである。理由は簡単、高くて大きすぎるからだ。いかにB−3の音がいいといっても、レスリー・スピーカーと合わせて100万円を越え、しかも狭い部屋の大部分を占領する上に持ち運びが出来ないのでは、アマチュアの貧乏人にはとても手が出ない。10万円を切ってサイズに問題がなくなるまで待ったのは、そのためである。確かにこの方法ではトーン・ホイール発振は採用出来ないし、レスリーによる物理的な効果も電子的にシミュレートすることになるのだが、だいたい私の家の防音室では部屋が狭すぎて、どうせレスリーは宝の持ち腐れなのだ。むしろ電子的に効果を作り出して、小さなスピーカーでそれらしく鳴ってくれる方がいい。
だから、B−3が製造中止されたのは必然的な結果だと言える。一部のこだわりを持つ人を抜かして、そこらのアマチュアなら誰だって、わざわざ巨大なシステムを入れる人もいるまい。
ただここで注意しておくことがある。確かに本物のB−3はなくなってしまったが、ドローバー付きの正弦波合成オルガンはしぶとく生き残っているということだ。一時的に消えることはあっても、しばらく立つと必ず復活して来る。古くはコルグのBX−3、現在は鈴木楽器のXB−2やローランドのVKシリーズなど。カワイも家庭用のオルガンではドローバーを採用している。正弦波を並列に加算することなど、現在の発達したシンセサイザーなら簡単に出来ることのはず(他のは知らないが、少なくともヤマハのFM音源なら可能である)なのに、これはどうしたことなのだろう。やはり、あの独特の音が今でも忘れられておらず、更にはドローバーというユーザー・インターフェイスに圧倒的な人気があるからだ。だからわざわざレスリー・スピーカーの効果を出すエフェクトも作られるわけだし、音源もトーン・ホイール発振をサンプリングしているらしいから、結局B−3の伝統は消えていないことになる。
だから時たま思うのである。どうして、ミニ・モーグを基礎にした新製品が出ないのか。そんなにいい楽器なら、現代の発達した技術でもっと安く、しかも良い物が出来るのではないのか。実際、MIDI改されたミニ・モーグは売っているのだ。ロバート・モーグの手記によれば、あのシンセサイザーは標準的な部品から作られていたそうである。回路図が残っていれば、再現することは充分可能だと思う。それをユニットにして、あのつまみはそのまま再現する。鍵盤部やピッチ・ベンダーはMIDIでコントロール出来るだろう。デジタル・エフェクターを内蔵したり、いろいろと付加価値をつけることも可能である。もちろん、セッティングをメモリーに入れることだって、今なら簡単だろう。
結局これが現れないのは、何か理由があるに違いない。一番大きく考えられるのは――多分売れないからなんだろうなあ。
その楽器がスタイルとして古いから売れない、ということはない。現にピアノは、その完成形態からかなりの年月が経ったにもかかわらず、未だに現役の楽器だ。家庭用のアップライトは電子ピアノに押されているらしいが、グランド・ピアノはちゃんと売れている。また、前述の正弦波合成オルガンも然り。正弦波の作り方が変わっているだけで、ユーザー・インターフェイスとしては完成した形態として今も作られている。では、アナログ・シンセサイザーはどこへ行ってしまったのだろう。まだ作られているのかも知れない(何かの雑誌で見たことはある)が、あまり店などでは見掛けない。そんなに価値がある楽器なら、なぜ作らないんだろう。
SFマガジンの記事(何だったか失念)で、「幻の名作」という言葉があるが、そもそも幻になるにはそれだけの理由がある、というのを見た。本当の名作なら、ちゃんと生き残るはずだというのである。これはまことに正しい。現に、ドアーズやビートルズのCDはまだ売っているではないか。
結局、ミニ・モーグには何か欠点があったのだ。根本的な欠点がない限り、あれだけの人気を博したシンセサイザーである、いかなる形でかわからないが、どこかのメーカーがパテントを取って、いくらかでも生産を続けて然るべきだと思う。
ということで何がいいたいとのかと言うと、実はミニ・モーグ(というか、アナログのモノ・シンセ)の欠点が何なのか、よくわからないのである。楽器なんてどうせ妥協の産物なのだ。和音が出ない? 管楽器のほとんどはそうだ。チューニング云々は改良出来るだろう。もしもあのシンセサイザーがユニット化された新製品として、10万円を切る値段で出れば、きっとある程度は売れるに違いない。どこかのメーカーでやってくれないものだろうか。
と思っていたら、コルグのZ1やローランドのJP−8000がアナログ・シンセのADSRやフィルター機能を内蔵し、リアルタイムでコントロール出来るようである。更に、キーボード・マガジンの97年12月号によれば、ついに来年、ミニ・モーグが再発になるらしい。やはり、これもまた不滅のジャンルになりうるのだろうか。