楽器に関する覚え書き

電気/電子ピアノ――electric piano


 電気/電子ピアノは、現在所有していない。だから写真がないのだが、ちょっと書いておきたいと思う。

 学生のころ、始めて買ったキーボードはローランドのアナログ・シンセサイザーと、エーストーンの電子ピアノだった。それ以外には、前から家にあった妹のエレクトーンだけである。つまり、電子ピアノはまったくピアノの代わりとして買ったのだ。
 考えてみると、これほど忠実にアコースティック楽器の代わりとして生まれた楽器も珍しい。エレクトーンのところで述べたように、電子オルガンはオルガンの代わりではない。あれを電子「オルガン」と読んでいるのは、確かにその形態がオルガンと似ているからなのだろうが、一部の高級機や専門家用を抜かして、出てくる音色はオルガンとはまるで違っている。それも、技術的に出来ないからというのではなく、「ストリングス」や「ブラス」、「ピアノ」などの音もあることから見て、明らかに電子オルガンが目指したのは、他のすべての楽器の代わりなのではないかと思えるのだ。
 その点、電子ピアノは簡単である。これは明らかにピアノを目指している。ピアノの持つ欠点――大きくて持ち運びが出来ない、値段が高い、深夜の練習が出来ない(近所迷惑のため)――を何とかして改良しようとして生まれた楽器だ。もともとハロルド・ローズが電気ピアノを作った理由は、戦場に持っていって軍隊の慰問に使うためだったという。
 したがって、この楽器の歴史は如何にしてその長所を損なうことなく、本物のピアノの音に近づけるかの戦いだった。発音体としてリードとかトーンバーを使えば、確かにキータッチは本物に近くなるが、音が違ってしまう(もちろん、わざと電気ピアノ独特の音を使用することもあった)し、筐体が大きくなる。さればとて、純電子発振だとキータッチが軽くなる上に、音がピアノにどうしても似てくれない。結局その歴史の初期においては、フェンダーやウーリッツァのようなリードやトーンバーで音を出す機種が好まれ、電子技術の発達に伴って、次第に純電子式に移行していったようである。現在では、サンプリングという素晴らしい方法があるため、ほとんど純電子式になっている。

 先に書いたように、現在自分はこの楽器を持っていない。前に買った奴は、人にあげてしまった。何故かというと、要するにいらないからだ。ピアノは本物を手に入れたし、もしも電気/電子ピアノの音が欲しければ、シンセサイザーGM音源にその音色が入っている。何もわざわざ、鍵盤を増やす必要もなかろう。だから楽器店にいっても、あまりこのコーナーには興味がない。一応寄った時に見てはみるのだが、何とも中途半端である。確かに最近の電子ピアノは、ほとんどピアノと変らない音も出せるし、何のためだかわからないが、オルガンやストリングスの音も出る(ほとんどの機種は、ハープシコードの音色も採用している。したがって、バロック音楽の演奏用に、家庭で安価に手に入れられる楽器として、意外な使い方がある。ただ、これとてシンセサイザーで充分なのだが)みたいだ。しかし、それでも本物のピアノに比べれば落ちるわけだし、逆にシンセサイザーほどの自由度はない。
 ただ、ちょっと面白いと思ったのは、大部分のシンセサイザーが61鍵(SY99みたいな例外もあるが)なのに対し、これらは88鍵が標準で、更にキータッチがピアノに近い事だ。MIDI端子はほとんどの機種で採用しているので、マスター・キーボードとしてなら使えるかも知れない。その場合も、すべてのMIDI信号をちゃんと送れればだが――。それでも、それ専用のマスター・キーボードを買った方がいいのだろうか。

 結局、個人的には思い出はあるものの、二度と手に入れることはあるまい。様々な楽器を渡り歩いては来たが、完全にその役目を終えた楽器の一つとして記憶に残っている。

宇宙暦29年11月2日)


 なお、YUHさんのホームページの電子ピアノのコーナーに、各社の電子ピアノの比較が載っていますので、こちらもぜひご覧ください。

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